青山学院大学 校友会(卒業生中心のネットワーク)のR5年度大分支部総会・懇親会がありました。大分県下から約50名が集まりました。校友会本部から副会長が、学校から常務理事が、東京からわざわざ駆けつけてくれました。
青山学院大学は妻にとっても母校です。妻とは同級生です。
総会の議事を進める司会の声を聞きながら、なぜか妻とバトミントンをした日のことを思い出していました。
大学3年生のある日のことでした。女子寮の寮長さん(妻)から男子寮の寮長(わたし)に電話が掛かってきました。用件は、「女子寮にいる後輩のことで相談がある。その子は剣道部の部員、部活のことで悩んでいる。男子寮にいる剣道部の部員さん(わたしと同級)に、後輩の相談にのってもらえないだろうか」という内容でした。学校の近くで女子寮の寮長さんと会い、詳しい話を聞き、彼女の後輩がわたしの同級生の剣道部員に相談できるよう段取りをしました。段取りを済ませたあと、何となく大学の体育館で、バトミントンをすることになりました。
当時わたしは、大学の体育教官室で、夜間部の体育の授業を手伝うアルバイトをしていました。「学生雇員(こいん)」という学校のアルバイト制度で、体育教官室の学生雇員は代々男子寮の寮生が引き継いでいました。体育教官室は体育館の中にあり、教官室のカギをかけて体育館の警備員さんに渡すのはわたしの仕事でした。おかげで警備員さんと仲良くなれ、イロイロ親切にしてもらっていました。
その日も「体育館、チョット使っていいですか」と聞くと、「いいよ」と二つ返事で通してくれました。特にバトミントンをしたかったわけではありません。特にバトミントンが好きだったわけでもありません。それこそ何となくの体育館でした。
などなど、妻との思い出が次々に浮かんできた4年ぶりの校友会総会・懇親会でした。
(としひさ)