明治地区の駅伝大会について、明治地区青少年健全育成協議会(明治地区青少協)の会議がありました。わたしは、副会長の立場で出席しました。明治地区の駅伝大会の歴史は古く、40年前にさかのぼります。
40年前、わたしの母校明治小学校は、爆発的に生徒数が増加し、大分県1のマンモス校になりました。増加に伴い、地域内に新たな小学校が開校しました。地域が2つの小学校区に分かれました。分れましたが、「明治はひとつ」の合言葉のもと、地域行事はずっと一緒にやっていこうということになりました。その象徴が明治地区駅伝大会です。
大会は、始めた時から自治会対抗でやってきました。自治会ごとに男女別、学年別に選手を選び、そこに社会人も加わりチームをつくります。しかし、自治会でチームをつくれなくなってきていました。小学生がほとんどいない自治会や走れるオトナのいない自治会がだんだん増えてきていたのです。そこにコロナです。
明治地区駅伝大会を今後どうするか、地区体育祭(ブログR5.2.2)と同じように、これから何度も会議を重ねていかなければなりません。
(としひさ)