きょうは、横尾土地区画審議会が開催されました。審議会については、6月29日のブログに、「わたしが会長を務める横尾土地区画審議会も、きょうが最後の会議でした」と書きました。土地区画整理事業における審議会の役割は、意見書(要望等)の審査等です。32年前に始まった横尾土地区画整理事業も、来年3月31日で事業が終わります。審議会の役割も、前回の会議で終わる予定でした。
ところが、前回の会議以降、意見書(要望書)が出されてきました。内容は、プライベートなことなので書くことは出来ませんが、たとえ個人的なことであっても、意見書として出された以上、審議会を開催しなければなりません。市が、施行者として勝手に判断することは出来ません。土地区画整理法の優れたところだと思います。審議会の審査は、全会一致で無事に結論が出ました。
大分市の土地区画整理事業については、第2次大戦後、市内11カ所で事業を行ってきました。11カ所の内、1番施工面積が大きかった事業は、終戦の翌年、1946年(昭和21年)に計画が決定された『大分復興土地区画整理事業 101.9㌶』です。事業の目的は、第2次大戦で荒廃した中心市街地の復興でした。上野の丘の「墓地公園」が整備されたのもこの事業です。戦災復興事業は、1973年(昭和48年)までかかりました。
『戦災復興事業』と『広島平和記念日(広島原爆忌)』が、突然、頭の中でリンクしました。きょう8月6日は、第2次世界大戦で、広島に原爆が投下された日です。『第2次大戦で荒廃』という言葉が、恐らく「リンクのキーワード」になったのではないかと思います。
ラジオで聞いた、『平和授業』という言葉が耳によみがえります。ランドセルを背負って学校から帰って来た、近所の小学生の小さな姿が目に浮かびます。夏休み期間中ですが、きょうは、市内全ての小中学校(コロナ対策による、一部学校を除く)で、『平和授業』が行われました。
ランドセルを背負って帰って来たあの子は、平和授業で何を感じてくれたのかな、と思いました。戦後76年目の平和授業の目的と効果について、連休明け、教育委員会に教育委員会としての考え方を聞いてみようと思います。
(としひさ)