恩師

としひさより

中学時代の恩師の『初盆』にお参りさせていただきました。妻も、子どもたちが幼稚園の時にPTA活動でお世話になったそうで、一緒にお参りしました。

恩師は国語の先生でした。小学生の時は「好きな科目?」と聞かれると「器械体操じゃない時の体育と、日本史の時の社会」と答えていました。中学から先生のおかげで国語が加わりました。

同じ中学校には、父が技術家庭科の教師として赴任していました。母も小学校の教師でした。両親が教師ということで、オジやオバはわたしも教師になると思っていたそうです。

大学受験の時1校だけ教育学部を受けました。ここに合格すれば教師を目指すか目指さないか、考えようと思いました。不合格でした。

教師という仕事を『職業』として考えた時、わたしは、当時も今も『教師の接し方が子どもたちの将来を大きく左右する場合がある。良い場合も悪い場合もある。教師になる勇気はあるか?』と考えてしまいます。

もし、教育学部に合格していたら『子どもたちの成長に直接係われる喜び』と『勇気』とのせめぎ合いが、決断をしなければいけないギリギリの時まで続いていたと思います。
(としひさ)

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